ディレクターズ・ステートメント
私はボランティアとして牛久の東日本入国管理センターを訪れ、収容されている人たちの話を聞いて強い影響を受けました。そのとき、映画の力によって、この話を、日本の市民や世界に伝えることができないだろうかと考えるようになりました。
私の動機は、映画を作ることではありませんでした。人権侵害の目撃者として、拘束されている人々の証言を撮影することにより、証拠を残し、彼らの真実を記録しなければならないという義務を感じたのです。
先日、名古屋の入国管理センターに7カ月間収容されていたウィシュマ・サンダマリ・ラスナヤケさんが亡くなりました。過去15年間に17人の方が亡くなりました。日本の無期限収容で苦しむ人々の健康状態に、多くの支援者が、心配し続けてきました。
この映画に登場する参加者の家族の名前や国籍、日本で難民申請をした理由などはほとんど明らかにされていません。これは、彼らを可能な限り保護するためです。
参加者の方々は、その顔を隠すことなく、音声を変えることなく、ストーリーを共有することに同意してくださいました。リスクがあるにもかかわらず、彼らが信頼して自分の真実を語ってくださったことに、心より感謝いたします。 参加者の勇気ある行動が、この作品を観てくださる方々の心に訴え、御自身をも取り巻く不正義と、向き合うきっかけになることを祈っています。
——トーマス・アッシュ
2022年4月19日 映画『牛久』の声明対するご意見、ご指摘について
本年4月15日、映画『牛久』のトーマス・アッシュ監督(以下、「監督」といいます)と配給の太秦株式会社(以下、「配給会社」といいます)は、連名で声明を出し、会見を行いました(https://twitter.com/ushikufilm/status/1514890146818453511)。
声明では、4月12日に日刊SPA!のサイトに掲載された織田朝日氏(以下、「織田氏」といいます)の記事(以下、「本件記事」といいます)について、織田氏と日刊SPA!編集部(以下、「編集部」といいます)に対して、謝罪と本件記事を削除するよう求めました。
声明の公表後、多数のご意見、ご指摘をいただきました。ありがとうございました。
いただいたご意見、ご指摘に対して、以下のとおり、ご説明させていただきます。
1.私たちは裁判をしたいわけではありません
本件記事は、監督について、①面会ボランティアを批判する発言を行った、②出演者の方の出演の条件だった合意を破った、③「黒人差別」とも思える発言を行った、としています。これらは、いずれも事実と異なるもので、監督の社会的評価を低下させる内容です。
また、本件記事が掲載される前の段階では、編集部との間で、事実確認のやりとりが続けられており、編集部の問い合わせに対して回答を続けてきたという経過もありました。
私たちとしては、編集部とのやりとりを通じて、相互理解が進み、論点についての交通整理がなされることを期待していました。
本件記事の掲載は、かかる期待に反するもので、大変残念に思っています。そして、本件記事を掲載した以上は、事実と異なる内容を含んでいるため、本件記事を削除していただき、社会的評価を低下させたことに対して謝罪をしていただきたいと考えております。
私たちが望んでいることは、それだけです。裁判をすることが目的ではありません。もし裁判をしたいのであれば、4月15日に声明を出さずに、すぐにでも提訴していたはずです。
2.私たちは出演者の方を法廷に呼ぶことを考えていません
声明において、織田氏と編集部が謝罪と記事の削除に応じない場合、「法的措置を採らざるを得なくなる」と記載したことから、一部の方には、私たちが出演者の方を被告として裁判をするつもりなのではないかと疑念を抱かせてしまい、心配をする声も寄せられました。
この点について、明確にしておきます。
仮に織田氏と編集部が記事を削除せず、提訴せざるを得ない場合でも、出演者の方を被告とすることや、出演者の方を証人として法廷に呼ぶ考えは、私たちにはありません。
3.私たちは分断をもたらしたいわけではありません
本件記事の掲載や、声明を出したことで、外国人や難民申請者の方々に対する支援に取り組んでいる人たちのなかで、「内輪もめ」や「足の引っ張り合い」が起きているように見られてしまうとのご指摘もいただきました。
この点は、私たちが心を痛めていることの一つです。編集部を通じたやりとりによって、相互理解が進むことを期待していたという経過からしても、本件記事が掲載された以降の動きが、「対立」や「衝突」の図式として描かれてしまうのは、不本意でしかありません。
私たちは、まずこうした「対立」があってはならないものと考えており、またできる限り、そのような図式に見られることがないよう努めてきたつもりではいます。たとえば、個人の人格を攻撃したり、誹謗や揶揄するような言動・投稿などは、本作品の全関係者に対して絶対に行わないよう徹底しています。また、私たちが問題にしている位相をできる限り明確にし、論点が拡散しないよう努めてきました。
都度、できる手立ては他にないか考えながら、進めてはまいりましたが、充分だと私たちとしても考えているわけではありません。この点は、大変申し訳なく感じています。
4.私たちは入管や収容者の方の置かれた状況に注目してもらいたいと考えています
監督が映画『牛久』を制作し、配給会社がこれを公開した理由は、入管や収容者の方の置かれた状況について、一人でも多くの方に知っていただきたいからです。
もちろん、映画『牛久』が扱うことができたのは、入管や収容者の方を取り巻く状況のほんのわずかな部分にしかすぎません。映画『牛久』がすべてを網羅しているなどとはまったく考えていませんし、扱えていない問題が多々あるとの自覚もあります。
問題の1%も扱うことができていないかもしれませんが、映画を通じ多くの皆様に現状を知っていただく事ができたらと考えてまいりました。また、継続的な支援活動によって、力を尽くされている諸支援団体の皆様の活動に尊敬の念を抱いてまいりました。
5.私たちは話し合いを呼びかけます
声明では、謝罪と本件記事の削除を求めていますが、それとは別に、私たちは、織田氏や編集部に対して、「対立」や「衝突」の図式で見られてしまう状況を終わらせるためにも、話し合いを呼びかけます。私たちは、前提や条件を設けることなく、無条件での協議を呼びかけます。
このことは、会見の際にも申し上げましたが、メディア以外の方々には伝わっていないので、改めて私たちのスタンスを明確にしたいと思います。
また、出演者の方とは、本年3月に入るまで、監督はプライベートな交流を続けてきました。二人の関係は、監督と出演者といっても、権力勾配があるような関係ではありませんでした。試写会も終え、パンフレット制作も済み、劇場公開が本年2月から始まった後の本年3月28日に突然、約束が違うとする内容のメッセージが届き、4月6日に編集部からの問い合わせが入り、4月12日には本件記事が掲載されました。監督は、予期せぬ内容のメッセージが届いたことに驚くと同時に、一連の近接した出来事に当惑するばかりでいます。
監督は、出演者の方と話し合いの機会を持ちたいと願っています。
2022年4月15日 織田朝日氏の日刊SPAに掲載された記事について
2021年6月9日 映画『牛久』出演者の同意に関する声明
映画『牛久』を制作しましたトーマス・アッシュと申します。クリスチャンの友人とボランティア活動の一環として牛久入管で面会活動を2019年から始めました。面会を重ねるうちに、この現状を変えるにはどうしたらいいのか、自分にできることはなにか、考えるようになりました。そして、変化をもたらすためには、多くの人々がこの現実を知ることが必要だという思いに至り、ドキュメンタリーの制作を決意しました。
私個人やこのドキュメンタリーに対して、批判的な意見をお持ちの方がいらっしゃることについては、真摯に受け止めます。
しかし、5月11日『牛久』の予告篇が公開された後、5月20日にインターネット上で、「隠し撮り映像を同意なく公開した」。さらに、5月28日に「隠し撮り映像の使用について、一部の出演者は一度も同意していない」と、出演者Aさんの支援者から誤った情報が流されました。その誤った情報を、多くの人が信じてしまったために、この映画は大変困難な状況に置かれました。
今回、私はAさん本人からも彼の弁護士からも、映像の削除や『牛久』の上映中止を求める連絡は受けていません。私は、声を上げたい当事者たちの、その声を広げるために映画を作りました。直接会って話をし、Aさんを含め全出演者それぞれと映像を共に観て、何度も何度も同意を確認しました。その後も、映画の進展について報告し続け、公開に向かいました。
そうしたなか、Aさんが映画公開の6月1日、ホームページ上で、声明を出し、映画への出演に同意していることを、改めて表明してくれました。
経過は以下の通りです。
- 4月29日 Aさんと私はこれまでも頻繁に連絡を取り合ってきたが、この日もAさんに、ポスターや予告編の出演部分の確認をした。Aさんはこれを、喜んでくれた。
- 5月10日 予告編公開前日、Aさんに確認の連絡をした。
- 5月11日 予告編公開後、連絡をし、Aさんは喜んでくれた。
- 5月13日(昼)Aさんは私に「収容者がどういう状況におかれているのか、映画を通じて知らせたいという気持ちに変わりない」と、電話で話した。
- 5月13日(夜)Aさんの支援者から「トーマスさんからの電話にはしばらく答えない方が安全だと、Aさんに伝えてある」とのメッセージを受け取った。そのメッセージを受け取って以降、私はAさんへの連絡を試み続けたが、今に至るまで、Aさんとは連絡が取れていない状態である。
- 5月20日「隠し撮り映像を、同意なく公開した」という内容がネットに流れる。
- 5月27日の世界同時配信試写会(オンライン)以降、「登場人物の一人の同意を得ないままに、世界同時配信が行われた」との見解が、ネット上に上がる。
- 5月28日 「隠し撮り映像の使用について、一部の出演者は一度も同意していない」とAさんの支援者がネットに投稿。
- 6月1日(映画公開の日)Aさん自身が、声明を出し、映画への出演に同意することを改めて表明された。
5月13日以降、Aさんと話をすることができていない私としては、Aさんがなぜ上記の表明をしてくれたのかは推測するしかないのですが、“Aさんが同意をしていないのに映画を公開した” という事実に反する評判が立ち、映画の公表に支障をきたしていることにAさんが心を痛め、上記の表明をしてくれたのではないかと思っています。
私はAさんが世間の注目を浴びて、ストレスを抱えることには、加担したくなかったので、今までこの問題について、言及することは控えてきました。
しかし、6月1日、Aさんが、出演に同意していることを表明してくれたので、私もこの問題について、ここで詳しく説明することができるようになりました。
今回の彼の表明により、この映画が「同意なく公開された」という情報が、真実に反していることが明らかになりました。また、そのなかで彼は「問題は、私と監督との間の問題であり、我々の間のプライベートな問題」があったとしています。私としては彼の感じたことに、向き合いたいと願っています。
『牛久』を多くの方に見ていただき、彼らのおかれている立場を知り、国連の基準に沿った出入国管理法等の整備へと向かっていくためにも、力を合わせる、今こそ、その時だと思います。
最後に、この大きな問題に対する、多くの方々の素晴らしい支援活動、制度への英知を結集した行動に敬意を表します。そして私は、Aさんはじめ現状の入管法によって苦しんでいる皆様のことを思い、祈り続けます。彼らの声が世界に届き、人権が守られる日本社会となるよう願っております。
Thomas Ash
2021.06.09